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福岡地方裁判所小倉支部 昭和48年(ワ)749号 判決

原告

大場利雄

ほか一名

被告

村上泰弘

ほか一名

主文

被告村上泰弘は原告大場利雄に対し三一四万〇二八一円及びこれに対する昭和四六年九月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告大場利雄のその余の請求並びに原告大場マサヱの請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用中、原告大場利雄と被告村上泰弘との間に生じた分はこれを二分し、その一を同原告の負担とし、その余を同被告負担し、同原告と被告村上肇との間に生じた分は同原告の負担とし、原告大場マサヱと被告らとの間に生じた分は同原告の負担とする。

この判決は第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

一  当事者の求める裁判

1  原告ら、

(一)  被告らは各自、原告大場利雄に対し金六三五万九〇九七円同大場マサヱに対し二一五万六八七二円及び右各金員に対する昭和四六年九月二〇日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言

2  被告ら

(一)  原告の請求棄却

(二)  訴訟費用は原告ら負担

二  当事者の主張

1  原告の請求原因並びに被告らの主張に対する反論

(一)  事故発生

原告大場利雄(以下原告利雄という)は、昭和四六年九月一九日午後七時三〇分頃、北九州市若松区大字蜑住入口バス停附近の県道上を北から南に向け横断歩行中、同県道を二島方面から浅川方面に向け進行して来た被告村上泰弘(以下被告泰弘という)運転の普通乗用車に衝突され、左大腿骨骨折、左下腿骨紛砕骨折、右膝部擦過傷、左大腿部、左下腿部裂傷、顔面、頭部打撲挫傷等の重傷を負い、同日から同四七年五月九日までの二三四日間古賀外科病院において入院治療を受けた。

(二)  被告らの責任

(1) 本件事故は、被告泰弘の前方注視義務及び徐行義務違反その他事故防止義務を怠つた過失によつて生じたものであるから同被告は民法第七〇九条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(2) 被告村上肇(以下被告肇という)は、被告泰弘が運転していた普通乗用車の保有運行者であるから、自動車損害賠償保障法第三条により、原告らの被つた損害を賠償する責任がある。

(三)  損害

(1) 原告利雄の損害六三五万九〇九七円、

(イ) 逸失利益三一七万九五六六円

原告利雄は明治四二年六月一一日生れの、本件事故当時満六二才の健康な男子で、農業の傍ら岩田産業株式会社に勤務していたものであるが、本件事故による別記受傷のため、左足、膝部、脛部等を手術する等して治療を受けたけれども歩行困難の後遺症を残するに至り、そのため従前のように労働することができなくなり、前記岩田産業を退職しなければならなくなつた。

しかして、原告利雄は前記会社で残業手当を含め、一日平均一四八三円の収入を得ていたところ、その就労可能年数は六・九年であるので、右収入を基礎にして右六・九年間の得べかりし利益をホフマン式計算方法により算定すると三一七万九五六六円となる。

(ロ) 農業ができなくなつたことによる損害三二万九五三一円

原告利雄は田三四アール、畑五・六アールを耕作し、年間少くとも一九万二〇〇〇円の収益を得ていたが、本件事故のため農業が全くできなくなつたため、やむを得ず他人を雇つて耕作を続けている状態であるが、その年間の労務賃は少くとも五万六一〇〇円を下らないので、前記可働期間における雇人の労務賃をホフマン式計算方法により算定すると三二万九五三一円となり、右は原告の本件事故による損害ということができる。

(ハ) 慰藉料三六一万円

原告利雄は本件事故のため、前記の如き傷害を受け約八か月間入院加療を余儀なくされ、その間多大の精神的苦痛を被つたので右入院期間中の慰藉料としては八〇万円が相当であり、また、前記歩行困難の後遺症のため計り知れない程の精神的苦痛を被つているので、右後遺症の慰藉料としては二八一万円が相当であり、以上慰藉料として合計三六一万円が相当である。

(ニ) 損害填補

本件事故に関し、原告利雄は自賠責保険から一三一万円の支払を受けているので前記(イ)ないし(ハ)の損害合計七一一万九〇五九円からこれを控除すると五八〇万九〇九七円となる。

(ホ) 弁護士費用五五万円

原告利雄は被告らが任意に本件事故による損害の賠償に応じないので、弁護士木下重範に本件訴訟を委任し、その手数料及び謝金を併せて金五五万円を支払うこと約した。右は本件事故による同原告の損害ということができる。

(2) 原告マサヱの損害二一五万六八七二円

(イ) 逸失利益一八五万六八七二円

原告マサヱは原告利雄の妻であり、夫の本件事故当時五七才であつたものであり、当時夫と共に前記岩田産業株式会社に勤務し、残業手当を含めて、日給平均六九九円の収入を得ていたものであるところ、夫の前記入院期間中の付添看護と、夫が不具者になつたため、夫の今後の身の廻り一切の世話をしなければならなくなつたことにより、前記会社を退職しなければならなくなつた。

しかして、五七才の女子の就労可能年数は八・六年であるから、原告マサヱは右の如く会社を退職しなければならなくなつたことにより、右期間の得べかりし利益を喪失したが、右期間の逸失利益をホフマン式計算方法により算定すると一八五万六八七二円となり、右は本件事故による原告マサヱの損害ということができる。

(ロ) 慰藉料三〇万円

原告マサヱは夫である原告利雄が本件事故のため不具者となつたことにより、これから先不安な生活を送らなければならず、計り知れない精神的苦痛を被つているがその精神的苦痛に対する慰藉料としては三〇万円が相当である。

(四)  以上のとおりであるので、被告ら各自に対し、原告利雄は、前記損害六三五万九〇九七円、同マサヱは二一五万六八七二円及び右金員に対する本件事改の翌日である昭和四六年九月二〇日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(五)  被告らの主張について、

被告らの(四)の(2)の主張は認める。しかし同(2)の(イ)の分については、原告利雄において本訴においていずれもこれを請求をしていないのであるから差引き計算すべきではない。

2  被告らの答弁

(一)  請求原因(一)のうち、原告ら主張の日時、場所において、被告泰弘の運転する普通乗用車が原告利雄に衝突したことは認めるが、その余の事実は争う。

(二)  (1)、同(二)の(1)の事実はいずれも争う。

(2)、同(二)の(2)のうち被告泰弘が運転していた本件事故車の登録上の所有名義が被告肇の所有となつていたことは認めるが、その事実の所有者は被告泰弘であつて被告肇ではない。したがつて、同被告には自賠法第三条の責任はない。

(三)  同(三)の事実はいずれも争う。

原告マサヱ主張の逸失利益は、本件事故と相当因果関係がない。

また同原告の慰藉料の主張は、原告利雄の受傷の結果が死にも比肩すべきものではないので、原告マサヱの慰藉料の請求は失当である。

(四)  被告らの主張

(1) 過失相殺

本件事故現場はT字型の交差点であるところ、原告利雄は本件道路を横断するに際し左右の安全を確認することなく、被告大場泰弘の運転していた自動車と対向して来ていた自動車の直後から、同被告の進路上に飛び出すように本件道路を横断しようとして出て来て、同被告の自動車に衝突したものであつて、本件事故の発生には原告利雄にも重大な過失があつたから、本件損害賠償額の算定については、同原告の右過失をも斟酌すべきである。

(2) 損害の一部弁済

(イ) 被告村上泰弘は、原告利雄に対し休業補償として三八万二四二五円、雑費として二万〇七二五円、付添料として二四万七五三六円を支払つた。

(ロ) 原告利雄は自賠責保険から一三一万円を受領している、よつて、右金額はいずれも、原告利雄の損害額から控除すべきである。

3  証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)のうち、原告ら主張の日時、場所において、被告泰弘運転の普通乗用車が、原告利雄に衝突する事故が発生したことは、当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると、原告利雄は本件事故のため、左大腿骨骨折、左下腿骨粉砕骨折、右膝部擦過傷、左大腿部、左下腿部裂傷、顔面、頭部打撲挫傷の傷害を負い、昭和四六年九月一九日から同四七年五月九日まで二三四日間古賀外科病院に入院してその治療を受け翌一〇日、同病院通院して治療を受け、同日、右傷害は一応治癒したけれども、左大腿筋萎縮、左膝関節の伸展の障害(約一七〇度)及び屈曲の著しい障害(約一五〇度)、左下肢全体の外旋、左膝蓋骨の前方保持不能、左足関節機能障害等の後遺障害(障害等級七級)を残すに至つたことが認められる。

二  被告らの責任

1  被告泰弘の責任

〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場は、被告泰弘の進行していた幅員約七メートルの県道二島高須線と蜑住団地に至る幅員約六・三メートルの道路とがT字型に交る交差点であるが、周囲は田圃となつているため、二島方面から浅川方面に向けての見通しは良好な場所であつたこと、原告利雄は蜑住団地方面から歩いて来て、同交差点の県道を北から南に向け横断していたものであること、被告泰弘は右県道を二島方面から浅川方面に向け時速約四、五〇キロメートルの速度で進行していたものであるが、自動車の運転者としては進路の前方をよく注意し事故を未然に防止すべき義務があり、そして本件事故現場は前記の如く比較的見通しの良好な場所であつたから、同被告において前方を十分注意しておれば事前に原告利雄が本件道路を横断しているのを発見できたと考えられるのにこれを怠り漫然と進行していたため、右横断歩行中の原告利雄との距離が十数メートルに近ずくまで気付かず、同原告を発見と共に急停車の措置をとつたけれども、その距離が近ずき過ぎていたため及ばず、原告利雄に衝突して本件事故を惹起させたものであることが認められ、右認定に反する証人佃隆志の証言及び原告大場利雄、被告村上泰弘本人尋問の結果は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、本件事故は被告泰弘の前方注視不十分の過失により発生したものということができるので、同被告は、民法第七〇九条により本件事故により生じた損害を賠償する責任がある。

2  原告利雄の過失

しかし、前掲証拠によると、本件事故現場は二島方面から浅川方面に通ずる県道で、自動車の通行量は普通程度で、現に本件事故当時本件県道を東進して来る自動車が二台、被告車と同一方面に進行して来る自動車が他にも一台あり、時刻も午後七時三〇分頃であつて、薄暗くなつていた時であつたから、本件道路を横断するについては、左右を十分注意して、自動車の有無並びにその安全を確認し、かつ、横断開始後はできるだけ迅速に横断すべきであつた。しかるに、原告は浅川方面から二島方面に向け進行していた自動車が同交差点を通過後、二島方面から浅川方面に向け進行して来ていた被告泰弘の運転する自動車の安全を確認することなく、漫然と右県道を北から南に横断していたため、同被告の運転していた前記自動車に気付かず、本件事故に遭遇したものであること、そして、もし原告利雄が右横断に際し、左側の安全を確認していたならば、同被告車のライト等により自動車が来ていることに気付き、一時その横断を中止するか、本件幅員僅か七メートルのものであつたから急いで同道路を横断するなどしておれば本件事故に合わずにすんだものと認められる(右認定に反する〔証拠略〕の結果は措信しない)ので、本件事故の発生については、原告利雄にも過失があつたものというべきである。

そして、被告泰弘の前記過失と原告利雄との右過失とを被比考慮するとき、その過失の割合は、同原告において二割、同被告において八割と認めるのが相当である。

3  被告肇の責任

本件事故当時、被告泰弘の運転していた本件事故車の所有名義が被告肇のものとなつていたことは当事者間に争いがないところ、同被告は右登録所有名義はともかく、その所有者は被告泰弘であるから被告肇は自賠責第三条の責任はない旨主張するしかして、〔証拠略〕によると、本件事故車は被告泰弘が使用するために同人が購入した乗用車であつて、購入以来専ら同被告がこれを使用して来たものであるが、本件自動車購入当時、同被告が一八才の未成年者であつたため、自動車購入の便宜上、同被告の父である被告肇の名義を使用して本件自動車を購入したものであることが認められる。そして、〔証拠略〕によると、被告肇の所有としていたのは右の如く本件自動車購入名義上のものに過ぎず、その代金はすべて被告泰弘が支払い、本件事故当時自賠責保険は被告泰弘がその保険契約者として保険契約を締結し、その保険契約上保有者も同被告とされて、保険料もすべて同被告が支払つていたこと、又前記の如く本件自動車はその購入以来同被告が専らこれを自己のために使用管理して来ていたものであつて、被告肇はこれを使用管理していたことは全くなく、被告肇において被告泰弘の本件自動車の使用運行に関し干渉をしていた事実もないことが認められるので、これらの事実を総合して考えるとき、たとえ、当初の購入、登録名義が被告肇のものであつたとしても、同被告には本件自動車の運行支配も、その運行利益の帰属もなかつたというべきであるから、同被告は自賠法第三条の本件自動車保有運行者ということはできないものというべきである。

よつて、原告らの被告肇に対する本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

三  損害

1  原告利雄の損害

(一)  逸失利益

〔証拠略〕を総合すると、原告利雄は明治四二年六月一一日生れの本件事故当時満六二才の男子であつて、本件事故当時、ブロツクを製造する訴外岩田産業株式会社の作業員として勤務し、一か月平均約四万四四九二円の賃金を得ていたところ、本件事故による受傷のための入院並びに前記後遺障害のため、従前の如く労働が全くできなくなり、同会社を退職しなければならなかつたことが認められる。

しかして、満六二才の男子の就労可能年数は六・九年と認められるから、同原告は本件事故がなければ、なお、六・九年間前記労働に従事し得て、従前如き収入が得られる筈であつたと認められる。よつて、前記収入を基礎にして右六・九年間の逸失利益をホフマン式計算方法に算定すると、その事故時の現価は三一三万六三三三四円となる。

(二)  耕作不能による損害

〔証拠略〕を総合すると、原告利雄は田約三四アール、畑約四・五アールを所有し、前記勤務の傍ら右田畑を耕作し年間約一六万五四九五円相当の収益を得ていたが、本件事故による前記後遺障害のため、右耕作ができなくなつたので、やむを得ず他人を雇つてその耕作を続けなければならなくなつたが、その年間の労務賃は少くとも五万六一〇〇円を下らないことが認められるところ、前記可働期間における右労務費をホフマン式計算方法により算定すると三二万九五四八円となる。したがつて、右は本件事故により原告利雄が田畑を耕作し得なくなつたことによる同原告の損害ということができる。

(三)  慰藉料

原告利雄は本件事故のため前記の如き傷害を受け、昭和四六年九月一九日から同四七年五月九日までの二三四日間入院して治療を受けたが、完全に治癒せず、前記の如き後遺障害を残すに至つたことは、前に認定したとおりであるが、〔証拠略〕によると、原告利雄は、右後遺障害のため左膝関節は強直に近い状態にあり、そのため歩行、殊に階段、坂道等の歩行が著しく困難となり、膝を曲げてしやがむことも著しく困難となり、そのため日常極めて不自由な生活をしなければならず、これらのため甚大な精神的、肉体的苦痛を被つていることが認められるところ、本件訴訟に顕われた一切の事情を考慮するとき、右苦痛に対する慰藉料としては二二〇万円をもつて相当と認める。

(四)  過失相殺

本件事故の発生について、原告利雄にも過失のあつたことは前記認定のとおりであるので、前記(一)ないし(三)の損害合計五六六万五八八二円から同原告の右過失相殺をすると、同原告に賠償すべき損害額は四五三万二七〇六円となる。

(五)  損害の一部填補

(1) 原告利雄が本件事故に関し、自賠責保険から一三一万円の保険金の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

(2) また、被告泰弘が同原告に対し、逸失利益の一部である休業補償として三八万二四二五円を支払つたことも当事者間に争いがない。

(3) そこで、右(1)及び(2)の合計一六九万二四二五円を前記(四)認定の損害額から控除するとその残は二八四万〇二八一円となる。

(4) もつとも、同原告は右(2)の金員は休業補償として受領したものであるところ、本件においては原告利雄の休業補償は請求していないので、右金額を控除すべきではない旨主張するが、前記三の(一)認定の逸失利益は、本件事故の日以後の可働全期間の得べかりし利益を、訴外岩田産業株式会社の収入を基準として算定したものであつて、原告主張の休業による損失部分も当然に包含するものというべきであるから、右休業補償して受領した分は当然に控除すべきである。

(5) なお、被告は前記のほかにも入院雑費として二万〇七二五円、付添看護料として二四万七五三六円を支払つているので、これを控除すべき旨主張する。そして、原告利雄が被告泰弘から右金員を受領したことは当事者間に争いがないところであるが、原告利雄において入院雑費及び付添看護人の費用については、本件においてこれを損害として請求していないのであるから、これを本件損害賠償額から控除するのは相当でない。よつて、同被告の右主張は採用しない。

(六)  弁護士費用

弁論の全趣旨によると、原告利雄は本件損害賠償につき被告らと話合いをしたが、その協議が成立しなかつたので、弁護士木下重範に本件訴訟を委任し、その手数料及び相当額の成功謝金を支払うことを約束したことが認められるところ、(三)の(3)の損害認容からするとき右弁護士費用としては三〇万円が相当であつて、これを本件事故と相当因果関係に損害として被告泰弘に負担させるのが相当である。

2  原告マサヱの損害について

(一)  同原告は、原告利雄の妻であるところ、夫である同原告が本件事故のため入院したので、右入院期間中の付添看護と、昭和四七年五月九日夫が退院後は夫が不具となつたため、その身の廻りの一切の世話をしなければならなくなり、そのため従前勤務していた岩田産業株式会社に勤務できなくなつて、同会社を退職しなければならなくなり、その得べかりし利益を失つた旨主張する。そして、原告大場マサヱ本人尋問の結果によると、原告マサヱは原告利雄の妻であつて、昭和四三年頃から本件事故当時まで前記岩田産業株式会社に勤務していたことが認められる。しかし、〔証拠略〕を総合すると、夫である原告利雄が古賀外科病院に入院していた期間中、同人の付添看護に当らせるため、被告泰弘において訴外木村コヨを雇い、同人をして原告利雄の付添看護に当らせ、その付添看護費用全金額を同被告において支払つていることが認められるので、右により原告利雄の入院期間中の付添看護は一応十分であつたと考られ、したがつて原告マサヱが前記勤務先を休んで原告利雄を看護する必要はなかつたと認められるので、たとえ、原告マサヱが前記岩田産業を休業して原告利雄の付添看護をしたとしても、それをもつて、本件事故と相当因果関係のある損害とすることはできない。

(二)  次に、原告マサヱは、昭和四七年五月一〇日以後(古賀外科病院退院後)も、夫の前記後遺障害のため、夫の日常の身の廻り一切の世話をしなければならず、そのため前記会社を退職せざるを得なくなつた旨主張する。しかして、夫である原告利雄が本件事故のため左大腿萎縮、左膝関節障害等後遺障害を残すに至つたこと、そして、そのため階段、坂道等の歩行並びに膝を曲げてしやがむことが著しく困難となり、日常不自由な生活をしていることは前記認定のとおりである。〔証拠略〕によると、原告利雄は右のこと以外のことについては、不自由ながら他人の介添なくとも十分に自から処理できることが認められるので、右事実からするとき、妻である原告マサヱが従前の勤務先を退職して、夫である原告利雄の身辺に付添い、日常生活の世話をしなければならないものとは認められない。

したがつて、原告マサヱが本件事故後前記会社を退職したとしても、そのことをもつて、本件事故と相当因果関係があるものとすることはできない。

(三)  更に、原告マサヱは、夫である原告利雄が不具者となつたことにつき慰藉料を請求する。しかし、原告マサエは本件事故の被害者ではないととろ、交通事故に関し、被害者以外の者の慰藉料請求は、民法第七一一条の場合及び同条に規定する親族が当該事故により死にも比肩すべき程度の傷害を負つた場合に限り、これが認められるに過ぎないものと解すべきである。

しかして、前記認定の事実からするとき、夫である原告利雄の本件傷害並びに後遺障害は、未だ死に比肩しうべき程のものであつたとまでは認められないので、原告マサヱの慰藉料の請求は理由がない。

(四)  以上原告マサヱの本訴請求は、いずれも理由がなく失当といわなければならない。

四  以上のとおりであるので、被告泰弘は原告利雄に対し本件事故についての損害賠償として三一四万〇二八一円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和四六年九月二〇日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があり、同被告に対する原告利雄の本訴請求は右の限度において正当であるから、これを認容するが、同被告に対するその余の請求並びに被告肇に対する請求、原告マサヱの被告らに対する本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原政俊)

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